キッズルーム えがお
※託児の予約情報については左枠のカテゴリーからご確認をお願いします! 一時保育メインのキッズルームえがお保育士のブログです。 キッズルームえがおの託児の目標は「ゆったりとした優しい環境」です。 いきなり集団生活に馴染めるかな?のんびりな子だけど大丈夫かな?と心配なお母様やお子様の為の託児所にしたい!と思っています。(ブラウザの更新ボタンで内容更新してね。)
前のエントリーで日本教育新聞の感想あったんだけど
どの記事か出典を明記してなかったので、簡単に要約した内容と共に
書き込みます。
日本教育新聞2月16日付から
①不登校問題、フリースクールも併せ検討(1面右下)
文部科学省の「不登校に関する調査研究協力者会議」の開催と
以前に同問題において同省が、適応指導教室の設置促進および、
スクールカウンセラーの活用、フリースクールとの連携について
まとめてきたことを紹介している。
②新潟県教育委員会など、体罰実態調査を継続(2面左上)
新潟県教育委員会、今月末を締め切りに同調査を実行する。
同教委は毎年、調査を行っており、「本調査を通じて、
あらためて体罰の根絶を図る」としている。
③子ども・子育て支援新制度「質の改善」で増収も・・・(2面左中)
同新制度において、保育園・幼稚園・認定子ども園などの
財政支援の基準となる新年度の「公定価格」決定と
政府が、保育の「質の改善」で、増収も見込める見解を
表していることを紹介している。
④乳幼児の養護と教育 新根っこづくり(22) 村田保太郎(6面右上)
ある保育士の実態を自分が経験したマッサージ師の仕事にたとえている。
設定されたコース順にやって、ぴったり時間通りに終わるといった
マニュアルどおりの「マッサージ屋さん」と比較し、マニュアルどおりの
手際は良いが一方的な世話しかしない「保育屋さん」を憂れいている。
それとともに、乳児の表情(今回は乳児保育に関しての記事)や動き、気分
をしっかりと見て、何をしていほしいか感じれば、子どもを世話する途中で
いくらでも、心が通じ合う機会はあるとしている内容です。
⑤コミュニティスクール導入にばらつき 「不要感」が阻害要因に(北海道版7面右上)
学校、家庭、地域社会の相互の連携強化などにつき法制度化された
コミュニティスクールは「開かれた学校」「地域ともにある学校」の推進に
寄与すると思われるが、地域差が大きいこと、
またコミュニティスクールが増えない地域での要因が学校関係者や保護者、
地域住民の「そもそも必要ないのではないか」という意識からきていること
を紹介している。
改めて①に関しては、政府機関がいろいろ提言や法制度化しても
なかなか解決に至らないこと、またその要因が⑤の部分が大きく
これは、子どもを取り巻く地域の意識が大きく変わらないと難しい
と、いわざるを得ません。何をどうするかと共に、必要性としてもらえる
手続きを考えるのが至難のようです。(救命救急もしてもらえるように年々
手続き省いて簡単になっている。でも、道徳の授業で命の大切さを教えると
いった教育も救命救急の普及には役立つと思います。)
②についてですが・・・違和感を覚えずにいられません。
体罰で生徒がなくなった・・・それは重大なことです。
でも、体罰をなくすことが目的になってしまっている部分が
気になるのです。
なんの理由もなしに行うのは、体罰ではなく暴力です。
先生による生徒への暴力を無くすのが目的なら大賛成ですが・・・
先生は「理由」があるから、体罰をおこなうのです。だとすれば、理由は
「子どもの行動」にあるわけです。「子どもの行動」が正さなくては
いけないものだったならば、その行動を正す為に、子どもの行動の
要因(環境、人間関係など)をしって改善しなくてはいけません。
教育委員会が教育を前提に考えているならば、体罰が起こりうる子ども自身
の心身またはその周囲の環境の改善を図ることを目的として、それと同時に体罰を
なくしていく必要があると思います。
③について・・・今までもずっとあった「保育の質」ですが
残念ですが、目に見える尺度で表れにくいのが欠点です。
良い保育か悪い保育かなんて、保護者の要求によっていろいろです。
本当の意味で、よい保育の共通点は「子どもが幸せであることはもちろん
日本人として必要な心が育っていること」です。
しかし、これも厳密な尺度といえないので、結局は保護者の利便性による
評価が一番表に出てきます。そして、これが「質」とされることが多いのです。
なので④のような保育者のほうが、「質」が高いと判定されることもあります。
これをなんとかしようという今回の新制度の試みですが、保育を判定することは
内部告発制度などつくらないと、ほぼ不可能だし、自分が勤めている園の
悪口言ったら、自分の職がなくなるかもしれないのに、そんなこといいませんよね。
結局、「うまくやっている」ところに補助金がたくさんおりることになったりして。
p.s 私が自分のブログで保育の失敗などたくさんあげるのは
自分でやっているからです。いままで、勤めていた時に研修会で自分の失敗した
経験をあげたりすると、自分の誤りを言うことに対して「おかしい」と
いわれることもありました。
でも、子育ってて、成功例よりも失敗例が大事だと思うのです。
子どもによって成功例は通用しないこと多いですが、失敗例は
だれにとっても、失敗なので、「こうならないように」と注意を促すことが
できるのです。
(まあ、そういう場合も自分の失敗とはいわないでしょうが)
僕は失敗したことや、保育で行き詰ったことでも、保護者の方に
全部話します。(これは、昔から出なく、だんだんと十何年かけて
そうなってきました。)
だって、話せば分かってくれるって信用できなかったら、大事な子どもを
預かることなんて出来ませんから
どの記事か出典を明記してなかったので、簡単に要約した内容と共に
書き込みます。
日本教育新聞2月16日付から
①不登校問題、フリースクールも併せ検討(1面右下)
文部科学省の「不登校に関する調査研究協力者会議」の開催と
以前に同問題において同省が、適応指導教室の設置促進および、
スクールカウンセラーの活用、フリースクールとの連携について
まとめてきたことを紹介している。
②新潟県教育委員会など、体罰実態調査を継続(2面左上)
新潟県教育委員会、今月末を締め切りに同調査を実行する。
同教委は毎年、調査を行っており、「本調査を通じて、
あらためて体罰の根絶を図る」としている。
③子ども・子育て支援新制度「質の改善」で増収も・・・(2面左中)
同新制度において、保育園・幼稚園・認定子ども園などの
財政支援の基準となる新年度の「公定価格」決定と
政府が、保育の「質の改善」で、増収も見込める見解を
表していることを紹介している。
④乳幼児の養護と教育 新根っこづくり(22) 村田保太郎(6面右上)
ある保育士の実態を自分が経験したマッサージ師の仕事にたとえている。
設定されたコース順にやって、ぴったり時間通りに終わるといった
マニュアルどおりの「マッサージ屋さん」と比較し、マニュアルどおりの
手際は良いが一方的な世話しかしない「保育屋さん」を憂れいている。
それとともに、乳児の表情(今回は乳児保育に関しての記事)や動き、気分
をしっかりと見て、何をしていほしいか感じれば、子どもを世話する途中で
いくらでも、心が通じ合う機会はあるとしている内容です。
⑤コミュニティスクール導入にばらつき 「不要感」が阻害要因に(北海道版7面右上)
学校、家庭、地域社会の相互の連携強化などにつき法制度化された
コミュニティスクールは「開かれた学校」「地域ともにある学校」の推進に
寄与すると思われるが、地域差が大きいこと、
またコミュニティスクールが増えない地域での要因が学校関係者や保護者、
地域住民の「そもそも必要ないのではないか」という意識からきていること
を紹介している。
改めて①に関しては、政府機関がいろいろ提言や法制度化しても
なかなか解決に至らないこと、またその要因が⑤の部分が大きく
これは、子どもを取り巻く地域の意識が大きく変わらないと難しい
と、いわざるを得ません。何をどうするかと共に、必要性としてもらえる
手続きを考えるのが至難のようです。(救命救急もしてもらえるように年々
手続き省いて簡単になっている。でも、道徳の授業で命の大切さを教えると
いった教育も救命救急の普及には役立つと思います。)
②についてですが・・・違和感を覚えずにいられません。
体罰で生徒がなくなった・・・それは重大なことです。
でも、体罰をなくすことが目的になってしまっている部分が
気になるのです。
なんの理由もなしに行うのは、体罰ではなく暴力です。
先生による生徒への暴力を無くすのが目的なら大賛成ですが・・・
先生は「理由」があるから、体罰をおこなうのです。だとすれば、理由は
「子どもの行動」にあるわけです。「子どもの行動」が正さなくては
いけないものだったならば、その行動を正す為に、子どもの行動の
要因(環境、人間関係など)をしって改善しなくてはいけません。
教育委員会が教育を前提に考えているならば、体罰が起こりうる子ども自身
の心身またはその周囲の環境の改善を図ることを目的として、それと同時に体罰を
なくしていく必要があると思います。
③について・・・今までもずっとあった「保育の質」ですが
残念ですが、目に見える尺度で表れにくいのが欠点です。
良い保育か悪い保育かなんて、保護者の要求によっていろいろです。
本当の意味で、よい保育の共通点は「子どもが幸せであることはもちろん
日本人として必要な心が育っていること」です。
しかし、これも厳密な尺度といえないので、結局は保護者の利便性による
評価が一番表に出てきます。そして、これが「質」とされることが多いのです。
なので④のような保育者のほうが、「質」が高いと判定されることもあります。
これをなんとかしようという今回の新制度の試みですが、保育を判定することは
内部告発制度などつくらないと、ほぼ不可能だし、自分が勤めている園の
悪口言ったら、自分の職がなくなるかもしれないのに、そんなこといいませんよね。
結局、「うまくやっている」ところに補助金がたくさんおりることになったりして。
p.s 私が自分のブログで保育の失敗などたくさんあげるのは
自分でやっているからです。いままで、勤めていた時に研修会で自分の失敗した
経験をあげたりすると、自分の誤りを言うことに対して「おかしい」と
いわれることもありました。
でも、子育ってて、成功例よりも失敗例が大事だと思うのです。
子どもによって成功例は通用しないこと多いですが、失敗例は
だれにとっても、失敗なので、「こうならないように」と注意を促すことが
できるのです。
(まあ、そういう場合も自分の失敗とはいわないでしょうが)
僕は失敗したことや、保育で行き詰ったことでも、保護者の方に
全部話します。(これは、昔から出なく、だんだんと十何年かけて
そうなってきました。)
だって、話せば分かってくれるって信用できなかったら、大事な子どもを
預かることなんて出来ませんから
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じつは、ガイドラインがおととしに変更になりまして・・・
自分でする分にはいいんですが、人に教える資格なので
新しいガイドラインに対応できなく、四苦八苦してきました。
昔の救命救急の方法が体にしみこんでいるので
すること減ったのに、逆に今までの工程を踏まないと
何していいか、わかんなくなってしまって。
ただ、すごい簡単になったんです。
まず、人工呼吸しなくていい(したほうがいいけど)
呼吸の確認は視認だけ(胸が呼吸で上下してるか)
大人と子どもの境目がはっきり!(未就学,幼児までが子ども、1才以下乳児)
1分に100回以上の速さで胸の真ん中、5cm以上圧す
最低これだけです。おぼえてればいいのは・・・
ここでは、乱暴な説明ですが普及員ですので実際には
もっとしっかり教えますね!
今回の講習でのいちばんの収穫は、新しいテキストがすんごかったことです。
応急手手の仕方、写真つき!いままでのよりすっごいわかりやすいです!
もちろん、購入しました。
各部位の骨折や簡単な担架の作り方など、どうだったかな?
と思ったときに、すぐ確認できるのがすごいです。
すごいすごい、ばっかりですね、こんかいはw
自分でする分にはいいんですが、人に教える資格なので
新しいガイドラインに対応できなく、四苦八苦してきました。
昔の救命救急の方法が体にしみこんでいるので
すること減ったのに、逆に今までの工程を踏まないと
何していいか、わかんなくなってしまって。
ただ、すごい簡単になったんです。
まず、人工呼吸しなくていい(したほうがいいけど)
呼吸の確認は視認だけ(胸が呼吸で上下してるか)
大人と子どもの境目がはっきり!(未就学,幼児までが子ども、1才以下乳児)
1分に100回以上の速さで胸の真ん中、5cm以上圧す
最低これだけです。おぼえてればいいのは・・・
ここでは、乱暴な説明ですが普及員ですので実際には
もっとしっかり教えますね!
今回の講習でのいちばんの収穫は、新しいテキストがすんごかったことです。
応急手手の仕方、写真つき!いままでのよりすっごいわかりやすいです!
もちろん、購入しました。
各部位の骨折や簡単な担架の作り方など、どうだったかな?
と思ったときに、すぐ確認できるのがすごいです。
すごいすごい、ばっかりですね、こんかいはw
月曜日のエントリーは、現在の教育状況についてでしたが
火曜日の朝に日本教育新聞が、えがおに届きました。
それを踏まえて、前エントリーで、言葉足らずの部分や
感想を・・・
まず、前エントリーを読み返してですが
落ち着きのない、はっちゃけた子だけについての
表現になっていますが、それだけでなく、逆に表現ができない子
(おとなしい子)や警戒心の強い子や上手く関われない子など
子どもに訪れる可能性のある様々な状況ということです。
また、体罰を含む行動というものですが、専門的な療育も
これにあたります。
で、前エントリーでは先生方が、がんばる為にはご家庭の協力が
必要で、理解は心強いものだということを書いたつもりですが
自分がどうすればいいかということは書いてませんでしたね。
私は全ての学校に常勤の校医さん、心理士さん、療法士さんをセットで
配置するべきだと思ってます。保健室の先生というか機能を強化というか
(もう、そのような試みは何年も前から始まってますが、)
いっそのこと、学校の中に小児科つくってしまえばと思うくらい
上記の必要性を感じています。
常勤のというのは、先生と子どもの関係を知った上で、診断してくれる
お医者さん、アドバイスをくれる心理士さん、サポートしてくれる療法士さん
が、必要だということです。専門の方のアドバイスはみな、同じではありません。
「子どもが実際にいま置かれている環境や人間関係を見た上でのアドバイス」と
「知識や、今までの経験、一般的には・・・といったアドバイス」では
違うものになるはずですし、実際に先生方や保護者の方が受け取る感覚にも
影響があるとおもいます。
実際に保育園に働いていたころ、巡回指導の先生がくれたアドバイスを
きいても、職員同士で「いつもはもっと違う部分があるんだけどな」
「たしかにそうなんだけど、それだけじゃないんだよな」といった
話が出たこともありました。
ここからは、教育新聞を読んでの感想も含みますが
外部からみたからこそ見える部分もあると思いますが、関係性もきちんと
みてほしいというのが、子どもと毎日、じかに接しているものの本音であって
たとえ、巡回指導の先生が常勤でいてくれる前述の校医さんなどと
同じ意見をいっていたとしても、受け取る側の人間としては
「たまにしかみてないのに、もうちょっとわかってから言ってほしい」と
感じることもあるということです。
常勤で校医、心理士、療法士さんを配置するといった考えは
適切な判断をするという意味だけではなく、現場の先生や保護者の方に
信頼を得て、安心してもらえるといった意味が、とても大きいのです。
専門的で第三者の目をもちながらも、常日頃から自分たちのパートナーだと
思える専門家ですね。
私だけでなく、以前からいろいろな方が同様なことをマスコミなどで
いっているのを見かけますが、資金の問題やいろいろな問題があるようで
まずは、学校カウンセラーの配置や先生方への研修会などでがんばっている
という話を聞きます。
前エントリーで、前述のような子どもに対してのスキルを持った先生が
少ないと書きましたが、先生たちの力が足りないといったわけではありません。
お医者さんや心理士さん、療法士さんのスキルが必要なので
それらの資格を持つ、または深くそれらについて専門的に学習している先生方は
少ないということです。(先生だけでも大変ですから・・・)
理想論ですが、これが私の考えです。
でも現実的にはすぐには無理なので幼児期の早いうちからの
子どもたちへのサポートをしていくことで子ども、保護者の方のみならず、
学校や園で働く先生方のサポートにもなればと考えています。
子どもに
「おおきくなったら、せんせいになるの」と
いってくれる子がいます(&いました)。
その子達のためにも、大きくなって本当に先生になってくれた時に
「先生になって本当に良かった」と思える学校や園が
少しでも多くなってくれれば、そういう社会になってくれればと思います。
火曜日の朝に日本教育新聞が、えがおに届きました。
それを踏まえて、前エントリーで、言葉足らずの部分や
感想を・・・
まず、前エントリーを読み返してですが
落ち着きのない、はっちゃけた子だけについての
表現になっていますが、それだけでなく、逆に表現ができない子
(おとなしい子)や警戒心の強い子や上手く関われない子など
子どもに訪れる可能性のある様々な状況ということです。
また、体罰を含む行動というものですが、専門的な療育も
これにあたります。
で、前エントリーでは先生方が、がんばる為にはご家庭の協力が
必要で、理解は心強いものだということを書いたつもりですが
自分がどうすればいいかということは書いてませんでしたね。
私は全ての学校に常勤の校医さん、心理士さん、療法士さんをセットで
配置するべきだと思ってます。保健室の先生というか機能を強化というか
(もう、そのような試みは何年も前から始まってますが、)
いっそのこと、学校の中に小児科つくってしまえばと思うくらい
上記の必要性を感じています。
常勤のというのは、先生と子どもの関係を知った上で、診断してくれる
お医者さん、アドバイスをくれる心理士さん、サポートしてくれる療法士さん
が、必要だということです。専門の方のアドバイスはみな、同じではありません。
「子どもが実際にいま置かれている環境や人間関係を見た上でのアドバイス」と
「知識や、今までの経験、一般的には・・・といったアドバイス」では
違うものになるはずですし、実際に先生方や保護者の方が受け取る感覚にも
影響があるとおもいます。
実際に保育園に働いていたころ、巡回指導の先生がくれたアドバイスを
きいても、職員同士で「いつもはもっと違う部分があるんだけどな」
「たしかにそうなんだけど、それだけじゃないんだよな」といった
話が出たこともありました。
ここからは、教育新聞を読んでの感想も含みますが
外部からみたからこそ見える部分もあると思いますが、関係性もきちんと
みてほしいというのが、子どもと毎日、じかに接しているものの本音であって
たとえ、巡回指導の先生が常勤でいてくれる前述の校医さんなどと
同じ意見をいっていたとしても、受け取る側の人間としては
「たまにしかみてないのに、もうちょっとわかってから言ってほしい」と
感じることもあるということです。
常勤で校医、心理士、療法士さんを配置するといった考えは
適切な判断をするという意味だけではなく、現場の先生や保護者の方に
信頼を得て、安心してもらえるといった意味が、とても大きいのです。
専門的で第三者の目をもちながらも、常日頃から自分たちのパートナーだと
思える専門家ですね。
私だけでなく、以前からいろいろな方が同様なことをマスコミなどで
いっているのを見かけますが、資金の問題やいろいろな問題があるようで
まずは、学校カウンセラーの配置や先生方への研修会などでがんばっている
という話を聞きます。
前エントリーで、前述のような子どもに対してのスキルを持った先生が
少ないと書きましたが、先生たちの力が足りないといったわけではありません。
お医者さんや心理士さん、療法士さんのスキルが必要なので
それらの資格を持つ、または深くそれらについて専門的に学習している先生方は
少ないということです。(先生だけでも大変ですから・・・)
理想論ですが、これが私の考えです。
でも現実的にはすぐには無理なので幼児期の早いうちからの
子どもたちへのサポートをしていくことで子ども、保護者の方のみならず、
学校や園で働く先生方のサポートにもなればと考えています。
子どもに
「おおきくなったら、せんせいになるの」と
いってくれる子がいます(&いました)。
その子達のためにも、大きくなって本当に先生になってくれた時に
「先生になって本当に良かった」と思える学校や園が
少しでも多くなってくれれば、そういう社会になってくれればと思います。
今回は、以前と現在の教育現場における全体像として
何人かの保護者様にお話したことです。
以前は幼児期に少々はっちゃっけていても、小学校の先生が
厳しい態度で臨んでくれていたこともあり、低学年のうちに
話を聞く姿勢が身につき、学級崩壊などにつながる児童の育成
を阻んできたと、私は考えています。
今は世間の目や時代背景が変化したことにより、なかなか
厳しい態度で児童にあたることができなくなっています。
なので幼児期、さらに1.2歳児の時期に少しでも話を聞く姿勢や
落ち着きを身に着けておかないと、落ち着かない子に育つリスクは
以前より高いと考えられます。
”厳しくあたる”とは、きちんとした愛情を持った上で物事に望む
ということです。なかには「げんこつされた」といったことも
入るかもしれません。体罰がいいとか悪いとかの問題ではなく
すべての責任を取る覚悟で児童に向き合う覚悟および行動です。
体罰は良くないことです。でも、すべて悪いかというと
私はそうではありません。以前のタイトルにも書きましたが
受けた本人が、「あの先生のげんこつがあったから、今の
自分はまともになれた」という人がいるならば、間違いなく
その人にとって、その行動は善だったということです。
しかし、今はすべてが悪い、そんなことしなくても子どもは
しっかりと育つといわれています。
確かにそのとおりです!
しかし、今の教職員全体の中で、そんなスキルを持つ先生が
何人いるでしょうか?5%もいないのではないでしょうか?
すなわち、子どもが悪い方向へ向かうのを阻止したいと考えた場合
その先生において、ほかに方法がなかった場合の最終手段が
体罰であったこともあるわけです。
(安易にその方法を選択した、ごく一部の方の影響もあって
今日、このような世論の流れになったともいえる。)
すべての先生が、子どもや親に対して適切なカウンセリングが
できるわけでもなく、最終手段に変わる新たなスキルを授けないままで
世間からのバッシングを受けるようなことになれば、先生は大変です。
その状況で、どんなにがんばったところで、幼児期にはっちゃけた子どもを
落ち着きあるようにするには、すごい労力を必要とし、逆に先生のほうが
心を病んでしまうかもしれません。
体罰はいけないことは、当然ですが、
これらのことを踏まえてわかった上で「体罰はいけない」と
いってほしいのです。
だから、学校の先生の負担を少しでも減らすように
幼児期のうちから、少しは落ち着きの部分を育てていくことが
必要だと考えています。
p.s 学校の先生の正直な気持ちは私にはわかりませんが
私も全員にわかってもらっていなくても、何人かの保護者の方に
わかってもらえているだけで、心強く感じます!
何人かの保護者様にお話したことです。
以前は幼児期に少々はっちゃっけていても、小学校の先生が
厳しい態度で臨んでくれていたこともあり、低学年のうちに
話を聞く姿勢が身につき、学級崩壊などにつながる児童の育成
を阻んできたと、私は考えています。
今は世間の目や時代背景が変化したことにより、なかなか
厳しい態度で児童にあたることができなくなっています。
なので幼児期、さらに1.2歳児の時期に少しでも話を聞く姿勢や
落ち着きを身に着けておかないと、落ち着かない子に育つリスクは
以前より高いと考えられます。
”厳しくあたる”とは、きちんとした愛情を持った上で物事に望む
ということです。なかには「げんこつされた」といったことも
入るかもしれません。体罰がいいとか悪いとかの問題ではなく
すべての責任を取る覚悟で児童に向き合う覚悟および行動です。
体罰は良くないことです。でも、すべて悪いかというと
私はそうではありません。以前のタイトルにも書きましたが
受けた本人が、「あの先生のげんこつがあったから、今の
自分はまともになれた」という人がいるならば、間違いなく
その人にとって、その行動は善だったということです。
しかし、今はすべてが悪い、そんなことしなくても子どもは
しっかりと育つといわれています。
確かにそのとおりです!
しかし、今の教職員全体の中で、そんなスキルを持つ先生が
何人いるでしょうか?5%もいないのではないでしょうか?
すなわち、子どもが悪い方向へ向かうのを阻止したいと考えた場合
その先生において、ほかに方法がなかった場合の最終手段が
体罰であったこともあるわけです。
(安易にその方法を選択した、ごく一部の方の影響もあって
今日、このような世論の流れになったともいえる。)
すべての先生が、子どもや親に対して適切なカウンセリングが
できるわけでもなく、最終手段に変わる新たなスキルを授けないままで
世間からのバッシングを受けるようなことになれば、先生は大変です。
その状況で、どんなにがんばったところで、幼児期にはっちゃけた子どもを
落ち着きあるようにするには、すごい労力を必要とし、逆に先生のほうが
心を病んでしまうかもしれません。
体罰はいけないことは、当然ですが、
これらのことを踏まえてわかった上で「体罰はいけない」と
いってほしいのです。
だから、学校の先生の負担を少しでも減らすように
幼児期のうちから、少しは落ち着きの部分を育てていくことが
必要だと考えています。
p.s 学校の先生の正直な気持ちは私にはわかりませんが
私も全員にわかってもらっていなくても、何人かの保護者の方に
わかってもらえているだけで、心強く感じます!
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